同容疑者の主張に同調する各地の過激派がゆるやかなネットワークで結びつき、テロを繰り返してきた。
今後もテロを続ける可能性は大きいし、同容疑者を欧米との「聖戦の犠牲者」と位置付け、
各地の過激派が報復テロを企てる懸念も強い」(日経)
「日経」はじめ、各紙の主張は概ね一致する。
テロをどうやってなくすか。そのためにも、
「逮捕して公平な裁判を受けさせれば、数々のテロ事件の意図や背景が解明できただろう。
独りよがりな論理や卑劣な手口を世界に公開すれば、テロの再発防止にもなったはずだ」(朝日)
2011年5月4日(水)付 社説
毎日)ビンラディン テロ育てる土壌なくせ
産経)ビンラーディン テロとの戦いゆるめるな
東京)ビンラディン 9・11時代に終止符を<全国紙>
朝日)ビンラディン―テロの時代に決別せよ
読売)ビンラーディン テロとの戦いは終わらない
日経)指導者倒しても「テロとの戦い」は続く
<地方紙>
京都)9・11首謀者殺害 テロなき世界へ対話進めよ
西日本)テロとの戦い 首謀者死亡後もなお続く
中国)ビンラディン容疑者殺害 テロの脅威なお消えぬ
毎日新聞 2011年5月4日 東京朝刊
社説:ビンラディン テロ育てる土壌なくせ
国際テロの黒幕、ウサマ・ビンラディン容疑者がパキスタン領内で米軍に殺害された。日本人24人を含む約3000人が死亡した米同時多発テロ(01年9月11日)から10年、米政府と遺族の願いがようやく実った。あの恐るべきテロを振り返り、改めて犠牲者を悼みたい。
だが、何が終わったのだろう。ビンラディンという人間の人生は終わったが、容易に終わるまいと思えるのは、彼の思想と方法論の流れをくむテロ活動だ。オバマ米大統領が言うように「正義が行われた」のは確かだが、世界が直ちに安全になるとは限らない。同容疑者を異例の「水葬」にしたことも反発を買う恐れがある。当面、米国も世界も報復テロを警戒すべきである。
ビンラディン容疑者はイスラム原理主義の「アルカイダ」を率いていた。サウジアラビアの財閥の家に生まれた彼の資金力はテロ活動にも役立った。だが、今のアルカイダにとって同容疑者は象徴的存在であり、その思想に共鳴して各国に生まれた組織が自律的に活動している(フランチャイズ化)のが実情だろう。こうした組織の活動は続くはずだ。
同容疑者は米国と激しく対立する陰で、母国のサウジをはじめ中東の国々に厳しい目を向けていた。親米の独裁体制はイスラムの教えに照らして「腐敗」とも「背教」とも映るのだろう。そんなアラブ諸国の中でチュニジアとエジプトの大統領は失脚し、リビアやシリア、イエメンなどでも長期独裁体制が民衆運動によって揺さぶられている。
かつて若者たちを吸い寄せたビンラディン容疑者の思想は魅力を失い、民衆運動に取って代わられつつあるとの見方もある。そうであることを祈りたい。しかし、アラブの一国で民衆が政権を代えたとしても、米国を中心とする国際政治を変えるのは難しい。国際テロ組織が暗躍する素地は簡単にはなくなるまい。
9・11テロ後、米ブッシュ政権は「テロとの戦争」を掲げてアフガニスタンとイラクを攻撃した。この二つの国では、誤爆による死者も含めて、9・11テロの何十倍にも上る犠牲者が出ている。テロの土壌はなくなるどころか、強まる反米感情の中で肥え太った印象が強いのだ。
歴史に「もしも」は無意味とはいえ、01年10月からのアフガン攻撃で早々とビンラディン容疑者を拘束できていれば、03年からイラク戦争を始める必要性も薄れたのではないかという思いもよぎる。この10年で私たちが得たのは「軍事行動ではテロを根絶できない」という教訓ではないか。イスラムとの対話を掲げるオバマ政権が、中東の安定に寄与するよう願わずにはいられない。
産経新聞 2011.5.4 02:51
【主張】ビンラーディン テロとの戦いゆるめるな
年来の米国民悲願の成就である。米中枢同時テロの首謀者、ウサマ・ビンラーディン容疑者がパキスタンの潜伏先で米部隊の急襲により殺害されたことは、テロの脅威になおさらされる米国のみならず世界をひとまず安堵(あんど)させた。果断な作戦の成功といえる。
2001年9月11日の同時テロは、独立後最大の米本土攻撃となり、3千人近い無辜(むこ)の命を奪った。実行した国際テロ組織アルカーイダの首魁(しゅかい)、ビンラーディン容疑者の捕縛・殺害は、組織の拠点アフガニスタンなどで米国が主導した、テロとの戦いの第一の目標に据えられた。
その達成は、最大の敵に「当然の報いを与えた」(オバマ米大統領)という意味があり、全土で凱歌(がいか)が上がったのも無理はない。
作戦奏功は、何にも増して非道を許さないという、ブッシュ前政権から継続された米政府の執念、国家意志の勝利といえる。対テロ戦部隊の士気を高揚させると同時に、米国の力と威信を改めて示し世界の安定にも寄与しよう。
ビンラーディン容疑者は、キリスト教世界などに対するイスラム教世界の「聖戦」思想をいびつに鼓吹し、カリスマ性と神秘性を帯びたテロ指導者だ。その象徴を失ったことはアルカーイダなどへの痛打となろう。「最も重要な成果」(大統領)といっていい。
時あたかも中東で広がる民主化運動は概(おおむ)ねアルカーイダ抜きで進む。シンボルの喪失が過激派退潮の契機となるよう期待したい。
テロとの戦いはしかし、これで終わるわけではない。中東、アフリカ、南西・東南アジアに拡散したアルカーイダ系組織は、それぞれが独自に動いているとされる。「ビンラーディン後」もテロ活動が続き、その掃討には米国も手を焼くだろう。
当面、弔い合戦的なテロにも、米国はもちろん日本を含む世界が警戒を強めなければならない。
これで「任務完了」と見なし、アフガンなどからの米軍撤退の前倒しを求める声が、米国内で上がりだしたことも懸念の一つだ。
いまこそ同盟国が米国を支えるときだ。同時テロでは日本人24人も犠牲になった。それを忘れてはなるまい。悔やまれるのは、インド洋に展開する多国籍軍艦隊への海上自衛隊の補給を昨年1月に打ち切ったことだ。遅くはない。再開を検討すべきだ。
東京新聞 2011年5月4日
【社説】ビンラディン 9・11時代に終止符を
ウサマ・ビンラディン容疑者死亡は、米国の対テロ政策最大の成果だ。報復テロも懸念されるなか、宗教対立が絡み世界を二分した「9・11時代」に終止符を打てるか、国際社会の試練が始まる。
三千人近くが犠牲となったニューヨークのグラウンド・ゼロ。深夜繰り出した市民の歓声は「首謀者死亡」が米国にもたらした安堵(あんど)と解放感の大きさを物語る。
一方、テレビ演説したオバマ大統領の口調は国民の心情を反映しつつ、報復の激化、テロ警戒継続への備えを訴える抑制を利かせたものだった。
米中枢同時テロの主犯殺害が、即座にテロ収束につながるわけではあるまい。十年に及んだ「テロとの戦い」の終息までには越えるべきハードルが多い。
最大の課題は、アルカイダが構築したネットワーク型の国際テロへの対応だ。アルカイダは、ビンラディン容疑者の説いた反米・反近代思想のもと、世界各地のテロ組織が独自に活動する分散型の組織だ。小さな地域細胞もあれば、かつてのアフガニスタンやアフリカの破綻同然の国家に巣くい、国家主権を盾に大規模テロを仕掛ける例まである。国際社会が有効な対抗手段を築いたとはいえない。
国内で育まれるテロリストへの恐怖もある。一昨年、テキサス州米軍基地で起きた軍医による乱射事件が、過激派イスラム教導師と接触のあったアラブ系米国人による犯行だったように、狭隘(きょうあい)な思想は、移民二世などが抱きがちな精神的空隙(くうげき)に忍び込みやすい。情報が瞬時に世界に拡散するネット社会に宿る厄介な課題だ。
テロの背景をなす反米感情もアラブ諸国を中心に依然根強い。湾岸戦争時、イスラム教聖地のあるサウジアラビアに米軍が駐留したことから一気に高まった対米批判は、民主主義や世俗主義など、近代的西欧価値観そのものへの憎悪に増幅された。
今後を占う重要な試金石が中東民主化の動きだ。独裁体制の崩壊を平和的手法で勝ち取った一連の民衆革命にアルカイダの入り込む余地はなかった。その行方はなお不透明とはいえ、偏狭な思想はイスラム教徒自身によって排斥され始めている。
不得手とされた安全保障問題で威信を高めるオバマ大統領がこの機を逃さず国際社会をリードし、かねて訴えてきた「イスラムとの対話」に具体的な成果をあげることができるか。真価が問われるのはこれからだ。
朝日新聞 2011年5月3日(火)付
社説:ビンラディン―テロの時代に決別せよ
世紀のテロリストの最期は、あっけなかった。
国際テロ組織アルカイダの指導者であるオサマ・ビンラディン容疑者が殺害された。潜伏先のパキスタンで米軍部隊に射殺されたという。オバマ米大統領は「正義はなされた」と声明を出した。同時多発テロの現場だったニューヨークの世界貿易センター跡で、群衆が星条旗を掲げて歓喜の声をあげた。
2001年に起きた同時多発テロから今年は10年になる。ビンラディン容疑者は当時、アフガニスタンに滞在していたが、タリバーン政権は米ブッシュ政権の引き渡し要求を拒んだ。
これが米国の「対テロ戦争」の始まりとなった。タリバーン政権はあっけなく崩壊したが、ビンラディン容疑者は行方をくらました。大規模テロとその報復の戦いはイラクなど各地に広がり、無差別テロや空爆で民間人の犠牲が絶えなかった。
その引き金となった張本人の死亡確認である。遺族や、テロの不安にさらされていた人たちが喜ぶ気持ちは理解できる。
だが、これでイスラム過激派のテロが終息すると考えるのは早計だ。彼のメッセージはビデオやネットを通して広がった。各地の過激派にゆるいネットワークが作られている。これを断ち切らぬ限り、第2、第3のビンラディンが生まれる。今や貧困地域だけでなく欧州や米国にも、テロに共感する若者が育っているのは大きな問題だ。
ブッシュ前大統領はビンラディン容疑者の身柄を「生死を問わず」とらえると宣言し、オバマ氏も同調した。困難であったろうが、裁判にかけられなかったのはとても残念だ。
逮捕して公平な裁判を受けさせれば、数々のテロ事件の意図や背景が解明できただろう。独りよがりな論理や卑劣な手口を世界に公開すれば、テロの再発防止にもなったはずだ。
中東ではいま、長年の独裁体制を打ち破ろうとする民衆革命が起きている。この「アラブの春」の大波に、ビンラディン容疑者はメッセージを出せなかった。「反米」の大義をかざせないとき、過激な主張は民衆の支持を得られないのだろう。これは米国にとって、今後への大きな教訓ではないか。
オバマ大統領は「イスラム世界と戦争しているわけではない」と強調した。だが、言葉だけでは足りない。これまで対テロ戦が最優先だった外交を、見直す必要がある。イスラム世界に敬意を払い、民衆の共感を得ることで、テロの時代に決別しよう。
(2011年5月3日01時23分 読売新聞)
ビンラーディン テロとの戦いは終わらない(5月3日付・読売社説)
米同時テロの首謀者とされるウサマ・ビンラーディンが米当局によって殺害された。
2001年9月11日の同時テロでは、日本人24人を含む約3000人が死亡した。米国は、ビンラーディンが率いる国際テロ組織アル・カーイダの犯行と断定し、総力を挙げて追跡してきた。
ビンラーディンはアフガニスタンとパキスタンの国境地帯に潜んでいると見られていたが、意外にも、隠れ家はパキスタンの首都イスラマバードの近郊にあった。
米国が主導する「テロとの戦い」にとって、首謀者の死は、大きな成果だ。オバマ大統領は「正義が成し遂げられた」と述べた。菅首相も「テロ対策の顕著な前進」を歓迎する談話を出した。
ただ、これでテロが終息するわけではない。殺害に反発して、むしろ報復テロの可能性は高まる恐れがある。
米国はじめ国際社会は、従前にも増して、テロへの警戒を怠ってはならない。日本が自衛隊駐屯地の警備態勢を強化するなどの措置を講じるのは当然だ。
ビンラーディン殺害は、10年近くにわたり行方を追い続けてきた米政権の執念が実ったものだ。大統領の発表に、ホワイトハウスの前に詰めかけた多数の市民が快哉を叫んだのも無理はない。
だが、大統領自身が認めた通り、テロとの戦いは今後も続く。
米国人を殺すことがイスラム教徒の義務だとするビンラーディンの考えを信奉するテロ組織は、北アフリカから東南アジアにまで広がっている。欧米諸国内にも、共鳴者が生まれている。
その死は「殉教」とみなされ、信奉者が増える懸念すらある。
イスラム世界には、「テロとの戦い」を掲げてアフガンやイラクに進攻した米国への、根強い反感がある。ビンラーディン殺害が反米感情をさらに助長させるようなことがあってはなるまい。
アフガンでは、ビンラーディンの影響力が強かった反政府勢力タリバンの動向が注目される。
米国は責任を持って、アフガンとイラクに安定をもたらす必要がある。それが米国への信頼を高めることになろう。
中東・北アフリカでは民主化運動が拡大している。退陣を迫られた強権的指導者の大半は米主導のテロ掃討作戦を支持してきた。
民主化運動の帰趨と、ビンラーディン殺害が、今後の「テロとの戦い」にどう影響するのかも、国際社会は見極める必要がある。
日経新聞 2011/5/3付
社説:指導者倒しても「テロとの戦い」は続く
米軍が国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を潜伏先のパキスタンで殺害した。2001年9月の米同時テロを首謀し、イスラム過激派の国際ネットワークの中心にいた人物を倒したことで、10年におよぶ米国の「テロとの戦い」は大きな成果を上げた。
だが、これでテロの脅威が消えるわけではない。テロ根絶に向け国際社会は連携を続ける必要がある。
アルカイダはビンラディン容疑者を頂点としたピラミッド組織ではない。同容疑者の主張に同調する各地の過激派がゆるやかなネットワークで結びつき、テロを繰り返してきた。今後もテロを続ける可能性は大きいし、同容疑者を欧米との「聖戦の犠牲者」と位置付け、各地の過激派が報復テロを企てる懸念も強い。
インターネットの普及はテロの姿を変えた。ネット上には過激な主張があふれて賛同者を国境を越えてひき付け、欧米に住むイスラム教徒の一部がテロに走る傾向も目立つ。
その背景には、人口増が続くイスラム諸国の若年層の失業問題や、米同時テロ後に米欧で強まったイスラム教徒排斥の社会潮流もある。軍事力では解決できないこうした要因を認識したうえで、国際社会はこれからもテロの阻止に向けた広範な取り組みを進めなければならない。
自国が同時テロの標的となった米国はアフガニスタンに軍事介入し、アルカイダを保護したタリバン政権を倒した。イラクの旧フセイン政権も打倒した。だが、軍事力による中東・イスラム世界への介入と、その泥沼化は、一方で米国の国際的な影響力の低下を招き、巨額の軍事費が財政を圧迫する結果になった。
7月からアフガニスタン駐留米軍の撤退が始まる予定だ。節目でのビンラディン容疑者殺害は、テロとの戦いを見直すきっかけともなる。
軍事介入は米国とイスラム世界の間に深刻な亀裂を生んでいた。就任直後の09年にカイロで演説したオバマ米大統領は、イスラム社会との和解を訴えたが、その成果は乏しい。大統領は中東和平の推進も含め、イスラム世界との関係再構築に一段と精力的に取り組むべきだ。
チュニジア政変をきっかけに中東で反政府デモが広がっている。デモ参加者は政治的権利の拡大や汚職の一掃などを求めており、議会制民主主義を否定するイスラム過激派の主張とは一線を画している。だが、政治の混乱が長引くと過激派に勢力伸長のすきを与えかねない。各国の指導者は民主化要求に耳を傾け、混乱を早期に鎮めるよう求めたい。
[京都新聞 2011年05月03日掲載]
9・11首謀者殺害 テロなき世界へ対話進めよ
オバマ米大統領は、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を殺害したことを明らかにした。
パキスタンの首都イスラマバード郊外の住居に家族とともにいたビンラディン容疑者を、米部隊が銃撃戦を伴う地上作戦で殺害し、遺体を水葬したという。
オバマ大統領は声明で「同容疑者の死は、アルカイダを打ち負かす取り組みの中で最も重要な業績だ」と述べたが、テロ組織の指導者をテロまがいの方法で殺害したことは世界に衝撃を与えた。
米国の対テロ戦略には大きな節目となるだろうが、武装集団のネットワークであるアルカイダの世界的な広がりは、なお脅威だ。
今後、報復を含めた米国や同盟国へのテロ行為が活発化する恐れもある。「テロとの戦い」の見通しは不透明なままだ。
日本も他人ごとではない。
菅直人首相は「テロ対策の顕著な前進を歓迎する」との談話を出したが、テロ対策特別措置法を成立させてインド洋での給油活動にあたるなど米国への支援を続けてきた経緯がある。情報収集を十分に行い、警戒するよう求めたい。
覆った米国の大義
2001年9月11日の米中枢同時テロについて、米政府はアルカイダの犯行と断定。ビンラディン容疑者をかくまったとしてアフガニスタンのタリバン政権(当時)への攻撃に踏み切った。
その後、04年にスペインで起きた列車同時爆破テロ、05年のロンドン同時テロなど、各地で起きたテロへのアルカイダの関与が取りざたされた。
ビンラディン容疑者は潜伏したまま、中東の衛星テレビ、アルジャジーラやインターネットを通じてテロを呼びかける声明を繰り返してきた。
一方、米国は9・11以降、二つの戦争とリーマン・ショックによる経済危機などで国際的地位を低下させてきた。
対テロ戦争を名目に踏み切ったイラク戦争(03年)は、後にアルカイダの関与はなかったとする報告書を米議会が公表するなど開戦の大義が覆された。
アフガンと合わせた戦死者も相当数にのぼる。パキスタン北西部のイスラム武装勢力掃討を目指した04年の攻撃では多くの民間人を死傷させ、パキスタンの人々の反感を買った。
オバマ政権は今年7月にアフガンからの撤退開始を目指す「出口戦略」を描いているが、今回のビンラディン容疑者殺害がどんな影響を及ぼすか定かでない。
憎悪の連鎖を断て
ビンラディン容疑者の殺害によって、イスラム過激派によるテロが根絶されるとは思えない。
米国はテロ組織への武力攻撃と並行し、資金の供給源を断とうとしてきた。しかし、テロを生む根源的な問題が解決されなければ、こうした「対症療法」で大きな効果は望めまい。
第2次大戦後にパレスチナ人を追い出して建国されたイスラエルに対し、イスラム過激派の反感は強烈だ。その憎悪はイスラエルを支持する米国に集中している。
ビンラディン容疑者は以前「米国政府は、米国内のイスラエル勢力の回し者だ」と語った。イスラム国でありながら米国と深い関係を持つ「裏切り者」のエジプトやサウジアラビア、米国に追従する日本なども指弾した。
米国は、アフガンやイラクで圧倒的な軍事力を見せつけたが、皮肉にもそのことがイスラム世界の人々の反米感情を煽った。ジハード(聖戦)の思想が浸透し、「第2、第3のビンラディン」を生んできた。
米国に殺された同容疑者は、殉教者として崇拝の対象となりかねない。イスラム過激派による弔い合戦「第2の9・11」が懸念される半面、殺害によるテロ抑止効果はほとんど期待できない。
そのリスクを承知で米国が殺害作戦に踏み切ったのは、米国社会が受けた9・11の傷が今なお深いことの裏返しだろう。オバマ大統領は「正義が成し遂げられた」と国民にアピールした。しかしこれは、復讐(ふくしゅう)の正当化にも聞こえる。
憎悪と報復の連鎖を断ち切ることこそ、テロ根絶への道だ。
「新たな道」模索を
中東と北アフリカのイスラム諸国では自由と政治改革を求める動きが活発化し、米国が対テロ戦争で連携してきた独裁政権は次々と倒れている。代わって、イスラム穏健派が台頭し、市民からの支持を広げている。
こうした新たな動きが、テロに走るイスラム過激派の行動や、米国とイスラム世界との関係にどう影響するのか、注視したい。
かつて米国の政治学者サミュエル・ハンチントンは、論文「文明の衝突」で西欧とイスラム世界の相互理解不能を唱え、話題になった。その説は9・11や対テロ戦争が裏付けたかに見える。そうした悲観論を乗りこえ、両世界を橋渡しする努力こそ必要だ。
オバマ大統領は就任演説で「イスラム世界に言いたい。われわれは互いの利益と互いへの尊敬に基づいた新しい道を求める」と宣言した。ところが、その後は「前任者(ブッシュ大統領)と同じ道を歩んでいる」(ビンラディン容疑者)という批判どおりの強硬路線を歩んでいる。今からでも初心に立ち戻り、文明を超えた対話を始めてほしい。
経済協力を通じてパレスチナと関係がある日本は対話のチャンネルづくりに貢献できるはずだ。米軍の後方支援や資金協力以外に、テロなき世界の創造に向けて果たすべき役割を見いだしたい。
=2011/05/03付 西日本新聞朝刊=
社説:テロとの戦い 首謀者死亡後もなお続く
「9・11」米中枢同時テロを首謀したとされる国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者が、米国の軍事作戦により殺害された。
2001年9月の同時テロ発生から今秋で10年を迎えるのを前に、米国が進めてきた「テロとの戦い」にとって、大きな節目になったといえる。
ビンラディン容疑者はサウジアラビア出身で、1980年代にアフガニスタンを拠点にアルカイダを創設した。米同時テロだけでなく、98年にアフリカで起きた米大使館同時爆破事件など、数々の反米テロに関与したとみられている。
米国はビンラディン容疑者を同時テロの首謀者と断定し、身柄引き渡しを拒んだアフガンのタリバン政権を攻撃して、政権を崩壊させた。ビンラディン容疑者はその後、アフガンとパキスタンの国境地帯に潜伏しているとみられていたが、今回、米軍はパキスタンの首都イスラマバード郊外の住居を強襲したようだ。
米国はビンラディン容疑者の「殺害もしくは拘束」を対テロ作戦の最優先事項と位置付けてきた。本来なら拘束し裁判を受けさせるのが筋で、そうならなかったのは残念だ。しかし、対テロの最前線の現状からすれば、今回の作戦は米国にとって逃せない機会だったのだろう。
組織の精神的支柱で資金調達にも力があったビンラディン容疑者の死亡で、アルカイダ側の受ける打撃は大きい。米オバマ政権はアルカイダ残存勢力の掃討を続け、組織壊滅に追い込む構えだ。
ただ、組織の中心人物が死亡したことでアルカイダが一挙に崩壊に向かうかといえば、簡単にはいかない。アルカイダは指導者を頂点とするピラミッド型組織ではなく、反米テロの目的を共有するイスラム過激派のネットワークに近い。
同時テロ以降も、世界に点在する親アルカイダ系のイスラム過激派が、インドネシア、スペイン、英国などでテロを実行してきた。こうした組織が報復作戦を展開することも予想され、むしろテロの脅威は高まる可能性がある。
このため、米国は全世界で在外公館に対するテロ警戒レベルを上げた。米国を側面支援してきた日本も、これまで直接には大規模テロの標的になったことがないとはいえ、警戒を怠ってはならない。
同時に「第2のビンラディン」を生む土壌をなくしていくことが必要だ。米国はパレスチナ住民を弾圧するイスラエルを擁護し、同時テロを機にアフガンやイラクで軍事作戦を展開した。そこで巻き添えになった一般市民は数知れない。イスラム世界の米国への憎悪は根深い。
米同時テロは世界情勢を大きく変え、米国とイスラム世界の対立感情を強めた。憎悪の構図を解きほぐし、イスラム世界に渦巻く反米感情を和らげる方向に進まない限り、米国や同盟国へのテロの脅威は去らないだろう。ビンラディン容疑者を「殉教の英雄」にさせないよう、軍事だけでない取り組みが求められる。
中国新聞 '11/5/3
ビンラディン容疑者殺害 テロの脅威なお消えぬ
米中枢同時テロから満10年が近づく中、首謀したウサマ・ビンラディン容疑者の死亡が伝えられた。米側がパキスタンの首都郊外で殺害したという。
国際テロ組織アルカイダの指導者で、米政権が「テロとの戦い」の最大目標としてきた人物だ。オバマ大統領はテレビ演説で「正義がもたらされた」と成果を強調した。象徴的な出来事ではある。
世界経済のリスクが少しは解消されたとの思惑からだろう。東日本大震災以来初めて、日経平均株価の終値が1万円台を回復した。
ただカリスマ的なリーダーが死んでも、問題の解決にはほど遠いと言わざるを得ない。アフガニスタンやイラクで軍事作戦を展開してきた米国に対するイスラム民衆の憎しみは容易に消えないからだ。テロの脅威はなお残る。
旅客機が高層ビルに突っ込む映像がまだ目に焼き付いている。日本人24人を含む約3千人が死亡した2001年9月11日。危険で不安定な「テロの時代」の始まりだった。
当時の米ブッシュ政権は翌月、ビンラディン容疑者の身柄引き渡しを拒否したアフガンへの空爆を開始。イスラム原理主義のタリバン政権を崩壊させた。
03年には大量破壊兵器保有の疑いとアルカイダと協力関係があるなどとしてイラクに攻め込み、フセイン政権も倒した。
身を隠したビンラディン容疑者はこの間、イスラム教徒に「聖戦」参加を呼びかけ続ける。中東各地に「新たなビンラディン」が次々に生まれた。
米国は今も、アフガンやパキスタン北西部でのテロ掃討作戦を続けている。米本土から操る無人機の攻撃に巻き込まれる人も多く、民衆の反発は高まっている。
一方、ビンラディン容疑者の死で、アフガン政府とタリバン穏健派との交渉が進展する可能性もあるとの観測もある。
今回の事態を受け、懸念されるのが報復だ。北沢俊美防衛相も自衛隊駐屯地、基地の警戒態勢を強化すると表明した。
ビンラディン容疑者が暗殺された場合、核での報復を警告する文書もあるという。内部告発サイト「ウィキリークス」が先月下旬、米軍に拘束されたテロ容疑者関連の内部文書として公開した。
アフガンに展開中の米軍は7月から撤退を始め、アフガン国軍や警察へ治安維持権限を移譲していく予定だ。タリバンはもともと今月初めから軍事攻勢を強める方針だっただけに、予断を許さない。
中東では今年、民衆蜂起による政変が相次ぐ。圧政下でも、インターネットなどを通じた情報の共有が引き金となった。新たな時代の到来を感じさせる。
テロの土壌を取り除くには、民主的で公正な手続きを経た中東和平の実現が欠かせない。
オバマ大統領は「イスラム教との戦いではない」とも力説している。国際社会に対して行動で示すことが、今後の鍵を握るのではないだろうか。
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