2011年11月29日火曜日

米軍属の犯罪―日米地位協定 なぜ改定に踏み込まぬ

「日本で起きた犯罪を、なぜ日本の司法が裁けないのだろう。
かつての治外法権を想起させる日米地位協定の運用が一部見直された。
(在日米軍に勤める民間米国人(軍属)による公務中の犯罪についてだけ)
一歩前進だが、まだ不十分だ。なぜ改定に踏み込まないのか。」

「ただ小さな前進にすぎない。
日本側が公務中の軍属の犯罪を裁判できるのは米側が裁判にかけず、
かつ米側が同意した場合のみだ。
日本側が裁判できるかどうかは米側の「好意的考慮」にかかる。」

「米軍人の公務中の犯罪は、引き続き日本側に裁く権利がない」

いずれも「東京」の社説から引用。


<2011年11月26日(土)付各紙社説>
朝日)米軍属の犯罪―地位協定を直すべきだ
読売)日米地位協定 検察審が運用改善を促した
毎日)日米地位協定 「改定の提起」忘れずに
日経)地位協定の運用改善に弾みを
産経)日米地位協定 成果を沖縄の信頼回復に
東京)日米地位協定 なぜ改定に踏み込まぬ





朝日新聞 2011年11月26日(土)付
社説:米軍属の犯罪―地位協定を直すべきだ
沖縄で交通死亡事故をおこした米軍属の男を、那覇地検が在宅起訴した。捜査の壁になっていた日米地位協定の運用を両国政府が見直したためだが、解決すべき問題はまだ残っている。
米軍属とは、米軍で働く米国籍の民間人のことだ。事故は今年1月に沖縄市でおきた。19歳の地元の青年が死亡した。
米軍は軍属が「公務中」だとの立場をとったため、那覇地検はいったん不起訴にした。軍属への米国側の処分は5年間の運転禁止だけだった。
今回、一転して日本の刑事手続きによる起訴になったのは、この処分に疑問をもった那覇検察審査会が「起訴相当」と議決したことがきっかけになった。
裁判員制度とならぶ司法への市民参加である検審の制度が、行政の背中を押したといえる。
日米地位協定は、軍属が事件や事故を起こしても、米軍側が「公務中」と認定した場合は裁判権はまず米軍にあると定めている。
日米両政府は今後、同じような状況で軍属が事件などにかかわったときは、米側が同意すれば、日本が裁判できるよう合意した。
これまでと比べて、大きな前進といえるだろう。
だが、米軍基地の外であっても、「公務中」の軍属の裁判権がまず米国にあることは変わらない。日本が起訴できるかどうかは米国の裁量による。
2006年以降、「公務中」とされる米軍属が事件や事故を起こしても、日米どちらでも裁判にかけられない司法の空白状態が続いていた。
米連邦最高裁に「平時に軍属を軍法会議にかけるのは憲法違反」との判例がある。このため米軍は、軍属を軍法裁判にもかけていないからだ。
米軍の法務官は米最高裁判例をもとに、平時に軍属が罪を犯せば基地受け入れ国が裁判権をもつという見解を示して出版している。つまり、もともと日本側が起訴できるという考え方が米軍内にもある。
今回、日米政府が交渉した背景には、米軍普天間飛行場の移設問題がある。だが沖縄の人たちが受けてきた苦悩を考えれば十分なものとは到底いえない。
米軍基地がある多くの自治体が長年求めてきたのは、同じような状況で日本が裁判権をもつ本来の姿だ。
そのためには、地位協定の条文そのものを直す必要がある。
日米地位協定が結ばれてから半世紀になる。政府は不合理をそのままにせず、米国に協定の改定を求めなくてはならない。


(2011年11月26日01時08分  読売新聞)
日米地位協定 検察審が運用改善を促した(11月26日付・読売社説)
日本の安全保障に不可欠な米軍の駐留を、より円滑で持続可能なものにするには、日米双方の不断の努力が必要だ。
日米両政府は、在日米軍で働く民間米国人(軍属)が公務中に起こした重大な犯罪について、米側が刑事訴追しない場合、日本が裁判権を行使できるようにすることで合意した。
日米地位協定は、米国軍人・軍属の公務中の犯罪について第1次裁判権は米国にあると規定している。だが、軍属は過去5年間、62件の交通事故を起こしたが、裁判にかけられた例はなく、「法の空白」と指摘されていた。
日米両政府が今回、その解消に向けて、地位協定の運用見直しで合意した意義は小さくない。
発端は、沖縄県で死亡交通事故を起こした米国人軍属を、那覇地検が3月、地位協定の規定に基づき不起訴にしたことだ。遺族の申し立てを受けた検察審査会は、5月に起訴相当と議決した。
検察審の議決には法的拘束力がある。那覇地検が再び同じ理由で不起訴にしても、2度目の審査で起訴議決に至れば、軍属は強制起訴される可能性があった。
日米両政府は、その場合、問題が深刻化すると判断して、地位協定の運用見直しによる解決を急いだ。日米合意を受け、米側は日本側の裁判権行使に同意し、那覇地検は25日、軍属を起訴した。
一般市民で構成される検察審が日米両政府の決断を促した、とも言えるだろう。
ただ、日米地位協定の第1次裁判権の規定は国際社会では一般的だ。自衛隊が海外に駐留、活動する際も、同様の協定を相手国との間で締結している。
民主党は政権公約で、日米地位協定の改定を掲げているが、今回のように、運用見直しで実質的な改善を図る方が現実的だろう。
日本政府は、公式レセプションでの飲酒後の交通事故を「公務中」と見なさないようにする見直しを米側に提起、交渉している。
日本で罪を犯した米軍人の軍法会議の結果について日本政府には通報されるが、遺族らに伝える仕組みがないことも、問題視されている。こうした案件を一つ一つ改善していくことが大切だ。
今回の日米合意には、普天間飛行場の移設をはじめ、多くの米軍基地問題を抱える沖縄への強い配慮が働いたのは間違いない。
政府と沖縄県は、いかに米軍と基地周辺住民の軋轢を最小化し、地元の負担軽減を実現するか、真剣に話し合うべきだ。


毎日新聞 2011年11月27日 東京朝刊
社説:日米地位協定 「改定の提起」忘れずに
日米両政府は、在日米軍で働く民間米国人(軍属)が公務中に起こした事件・事故でも、米国が訴追しない場合、米側が同意すれば日本で裁判が行えるよう、日米地位協定の運用を見直すことで合意した。
地位協定は、公務中の米軍人・軍属による犯罪は米側に第1次裁判権があり、公務外では日本側にあると規定している。ところが、1960年の米連邦最高裁判決で軍属は平時に軍法会議にかけられなくなった。このため、米軍は、犯罪を起こした軍属の公務認定を避け日本での裁判を認める措置をとってきたが、2006年以降、公務証明書を発行して裁判権を行使するようになった。
これにより、軍属は、「公務中」とされれば、米国でも日本でも裁判を免れることになっていた。06年から昨年までの日本国内における公務中の軍属による事件・事故は62件に上ったが、訴追はゼロである。
今回の合意は、この「法の空白」を解消する措置であり、大きな前進であることは間違いない。
合意の契機になったのは、今年1月に沖縄で軍属が起こした交通事故だった。日本人会社員が死亡したが、軍属は勤務先からの帰宅途中で公務中と認定され、那覇地検は地位協定に基づき不起訴処分とした。ところが、那覇検察審査会が「起訴相当」を議決し、沖縄県内で地位協定への反発が高まったことから、日本側が運用の見直しを要求していた。那覇地検は、運用見直しを初適用し、不起訴処分を覆して軍属を自動車運転過失致死罪で在宅起訴した。
野田政権は、今回の措置を沖縄の負担軽減の一環と位置付ける。難航する米軍普天間飛行場移設問題で打開策を探りたいとの思惑があるのだろう。しかし、沖縄側は今回の合意を評価しつつも、普天間問題に結びつけることへの警戒感がある。県外移設を求める声は依然、強い。
そもそも、運用見直しは、軍属の日本での裁判に道を開くものではあるが、限界もある。日本側が裁判権行使を要求しても、実現するかどうかは米側の「好意的考慮」に委ねられているからだ。かつて、地位協定の運用改善により、凶悪事件の起訴前の身柄引き渡しについて両国間で合意しながら、米海兵隊少佐の女性暴行未遂事件で米側が身柄の引き渡しを拒否するケースもあった。「運用」にはあいまいさが付きまとう。
根本的には地位協定の改定しかない。沖縄もそれを強く求めている。民主党は、09年総選挙でも、10年参院選でもマニフェスト(政権公約)に「地位協定の改定を提起する」とうたっていた。だが、その様子はない。政権を取ってまだ2年余。初心を忘れてもらっては困る。


日経新聞 2011/11/29付
社説:地位協定の運用改善に弾みを
在日米軍は日本の安全保障に欠かせない存在だが、米軍基地の地元はさまざまな負担や痛みを抱えている。米兵や米軍基地で働く軍属(民間の米国人)による犯罪もそのひとつだ。こうした問題を改善していく努力は、日米同盟の安定にとっても必要である。
日米は先週、在日米軍で働く軍属が公務中に起こした重大な事件・事故について、米国が刑事訴追をしない場合には日本で裁判できるようにすることで合意した。交通死亡事故などを想定している。
日米地位協定では、在日米軍の軍人や軍属が公務中に事件や事故を起こした場合、第1次裁判権は米側にあると定めている。
この規定に基づき、軍人は軍法会議で裁かれる。しかし、軍属については過去5年間、公務中の事件や事故が60件強あったにもかかわらず、結局、裁判にかけられていないという。
このため、沖縄県など米軍基地の地元では、軍属による事件・事故の裁判権を日本側が持つよう求める声が根強かった。今回の合意は、この点で意味のある前進だ。地位協定自体は見直さないものの、運用を改めて、日本側に第1次裁判権を認めることにした。
合意の発端になったのは、沖縄市で1月に起きた軍属による交通死亡事故だ。米側が「公務中」だったと認定したため、那覇地検は地位協定に基づき、いったん不起訴処分とした。
ところが、遺族の申し立てを受けた那覇検察審査会がその後、「起訴相当」と議決し、米側も前向きな対応を迫られた。
民主党政権は米軍普天間基地問題の迷走によって、沖縄との信頼関係を大きく損なった。今後、訓練移転などによって基地負担を減らすとともに、地位協定の運用改善をさらに進め、沖縄の信頼を取り戻すよう努めてほしい。
沖縄では米軍用地返還の際、事前に環境調査ができるよう、地位協定を改めてほしいとの要望がある。これも運用改善で対応できないか、検討を急いでもらいたい。


産経新聞 2011.11.26 02:50 (1/2ページ)[主張]
【主張】日米地位協定 成果を沖縄の信頼回復に
在日米軍の軍人らの法的地位を定める日米地位協定をめぐり、米軍属が公務中に起こした事件や事故について、米側が刑事訴追しない場合は日本側で裁判を行えるように運用を改善することで両国政府が合意した。
第1次裁判権を持つ米側の対応次第で米軍属らが罪に問われず、沖縄県の県民感情を傷つける結果となってきた経緯がある。協定を現実的に運用することで日米同盟関係を円滑に進めることが重要だ。
仲井真弘多知事は「県民の胸にすとんと落ちる部分がある。高く評価すべきではないか」と合意を歓迎した。民主党政権は普天間飛行場移設問題を迷走させ、地元の信頼を失った。地道な成果を信頼回復へつなげ、移設実現の努力を一層加速しなければならない。
合意に基づき米側は、同県で今年1月に交通死亡事故を起こした米軍属の裁判権を放棄し、一度は不起訴処分とした那覇地検が自動車運転過失致死罪で起訴した。
民主党はもともとマニフェスト(政権公約)で「対等」な日米関係をうたい、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)の見直しなどとともに「日米地位協定の改定」を提起するとしていた。
しかし、日本との協定改定に応じれば、北大西洋条約機構(NATO)加盟国や韓国などからも米国への改定要求が出かねない。改定を無理強いすれば、同盟関係が悪化する懸念が指摘されてきたのもこのためだ。
自社さ政権でも平成7年の同県の少女暴行事件後、殺人や強姦(ごうかん)などの凶悪事件では運用改善によって起訴前段階で被疑者引き渡しを可能にした。
そうした経緯も踏まえて、野田政権が地位協定改定にこだわらずに合意を実現したことは評価できる。玄葉光一郎外相が「負担軽減の努力を努力で終わらせず、一つ一つ実現させる」と語ったのは妥当だろう。
地位協定を受け身の立場で考えることが多かった日本も、今は自衛隊の海外派遣で派遣先政府と協定を結ぶ関係になっている。
海上自衛隊が海賊対処活動の拠点を置いているジブチ政府と結んだ地位協定でも、隊員らが刑事訴追免除などの特権を持つことが規定されている。地位協定は軍や部隊が他国で安心して任務を果たす上で、不可欠なものだ。そのことを忘れてはなるまい。


東京新聞 2011年11月26日
【社説】日米地位協定 なぜ改定に踏み込まぬ
日本で起きた犯罪を、なぜ日本の司法が裁けないのだろう。かつての治外法権を想起させる日米地位協定の運用が一部見直された。一歩前進だが、まだ不十分だ。なぜ改定に踏み込まないのか。
運用が見直されたのは、在日米軍に勤める民間米国人(軍属)による公務中の犯罪についてだ。
米側が軍属を刑事裁判にかけない場合、日本側は「裁判権を行使したい」と米側に要請できるようになった。被害者が死亡したり、重い障害が残った場合、米側は「日本側の要請に好意的考慮を払う」という。
地位協定では公務中の軍属の裁判権は米側にあるが、米側は二〇〇六年までその裁判権を日本側に事実上委ねていた。同年九月以降は「公務証明」を発行して裁判権を主張し、日本側は「裁判権がない」として不起訴にしてきた。
法務省の資料によると、公務中が理由の不起訴は六十二件。しかし、米側が軍法会議にかけた例はなく、懲戒処分が三十五件、処分なしは二十七件に上る。
今回、運用見直しのきっかけとなった沖縄県沖縄市の交通死亡事故でも、米軍属は五年間の運転禁止処分にとどまっている。
日本人が同じ事故を起こせば軽い処分では済まない。運用見直しで、日米どちらにも裁かれないという「法の空白」が埋められたことは前進と受け止めたい。
ただ小さな前進にすぎない。日本側が公務中の軍属の犯罪を裁判できるのは米側が裁判にかけず、かつ米側が同意した場合のみだ。日本側が裁判できるかどうかは米側の「好意的考慮」にかかる。
米軍人の公務中の犯罪は、引き続き日本側に裁く権利がない。
また、米軍人・軍属の身柄は現行犯を除き、起訴まで米側が拘束する。一九九五年の少女暴行事件を受けて、殺人、強姦(ごうかん)などの凶悪犯罪では日本側に起訴前の身柄引き渡しができるようになったが、米側が拒否する事例もある。
この状況を正すには地位協定の改定が必要だ。民主党は〇九年衆院選マニフェストで「改定を提起する」と約束した。米側の壁が厚いことは理解するが、不平等な状態を放置し、提起すらしないのは敗北主義にほかならない。
国家主権たる裁判権の回復と、沖縄県民の基地負担軽減とは別問題である。野田内閣が今回の運用見直しをてこに、米軍普天間飛行場の「県内移設」受け入れを迫ろうとするのなら、厳に慎むべきだとくぎを刺しておきたい。

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