2012年8月28日火曜日

シリア内戦 ジャーナリスト山本美香さんの勇気に哀悼の意を表する


山本さんが死の直前まで撮った映像に、赤ん坊を連れて避難する住民の姿があった。
政府側が住居地域に無差別攻撃している事実を裏付けるものだ。
極限の危機に置かれた人々が生きる場に入り、その現実を世界に伝える。
ジャーナリズムの重い責務を改めてかみしめる。(朝日)


産経)山本さんの死 目をそむけてはいけない(8/27)
朝日)シリアでの死―山本さんが伝えた危機(8/26)
読売)シリア混迷 周辺諸国の不安定化も心配だ(8/23)
毎日)邦人記者殺害 シリア報道への脅迫か(8/23)
東京)邦人記者の死 最前線で伝えた勇気(8/22)




産経新聞 2012.8.27 03:14
【主張】山本さんの死 目をそむけてはいけない
 内戦状態のシリア北部アレッポで取材中に銃撃され死亡した日本人女性ジャーナリスト、山本美香さんの遺体が家族らに守られて帰国した。
 山本さんは、国連や国際社会が多大な犠牲者や人道的危機を止められない世界の現状から「目をそむけてはいけない」と現場を追い続けた。
 常に死の危険がつきまとう戦場の最前線でも、周囲への気配りを忘れない人でもあった。そんな山本さんの冥福を祈りつつ、哀悼の意を表したい。
 英BBC放送は、ニュース番組で2分以上の異例の長さで山本さんの死を伝えた。米国務省報道官も「遺族に思いを寄せている」と述べ、その死を悼んでいる。
 山本さんは、アサド政権側の民兵に狙われたとの情報もある。警視庁は刑法の国外犯規定を適用して殺人容疑で捜査する方針だ。
 アサド政権の何らかの関与が確認された場合には、日本政府としても邦人の生命を奪っただけでなく、報道の自由を踏みにじる暴挙として厳しく追及すべきだ。
 山本さんは、アフガニスタンやイラクなどでも現場報道に当たってきた。技術の進展とメディアの多様化の中で、今やデモや暴動、戦闘の模様さえもインターネットなどで世界に流れている。
 だが、そんな時代でも、客観的で分析的な情報を十分に得るには現場からの報道が欠かせない。
 山本さんが死の直前まで回し続けたビデオカメラの映像には、女性や子供らの生き生きとした姿が収められ、戦火の中で生きる市井の人々に向けられたやさしい眼差しも伝わってくる。
 シリア内戦はこうした民間人の悲劇でもある。2万人以上が死亡し、国内避難民、レバノンやトルコなどに脱出する難民が続出している。人道支援が必要な人は250万人に上るとの推計もある。
 だが、国連安保理は欧米と中露の対立で暗礁に乗り上げ、停戦はもちろん、人道的危機への対処も不十分なままだ。
 山本さんは今年5月、大学での講義で「世界のどこかで無辜(むこ)の市民が命を落とし、危機に瀕(ひん)している」「人道的にも目をそらしてはいけない大切なことがたくさんある」と訴えている。
 日本から遠くとも、世界の現状に目を閉ざし、耳をふさいではなるまい。山本さんの命がけのメッセージとして大切にしたい。


朝日新聞 2012年8月26日(日)付
社説:シリアでの死―山本さんが伝えた危機
 世界には、内戦で命を脅かされる人々が大勢いる。どんな壁にぶつかろうとも、苦境にある人々の側に立つという遺志を、私たちは忘れない。
 シリア北部アレッポでジャーナリスト山本美香さんが、政府系民兵によると見られる銃撃によって殺害された。
 山本さんはテレビ局で働いていたが、海外の紛争や内戦の取材に取り組むために、20歳代末に退社した。局の仕事で雲仙・普賢岳の火砕流災害の被災者を取材したのがきっかけだ。
 「突然大切な人を失うのは災害も紛争も同じ。自然に、紛争報道につながった」
 生前に、そう語っている。
 アフガニスタン、イラク、旧ユーゴスラビアなど、世界の紛争地や内戦の国を歩いた。
 国家と国家が戦争した時代、犠牲者の多くは兵士だった。多くの市民を巻き込んだ大戦を経て、現代に頻発する内戦では、国境の内側で政府と反政府側が攻撃しあう。犠牲者の大半は、戦闘に加わらない一般市民だ。
 シリア内戦での犠牲者は2万5千人、周辺国に逃れた難民は20万人を超えた。
 市民が犠牲になるという点において、戦争と自然災害は共通する。巨大地震や津波、洪水で被害を受けるのも、ふつうに暮らす人たちだ。
 昨年の東日本大震災の後、山本さんは被災地を訪ね、被害の様子を記録した。故郷を去らねばならなかった被災者と、命をかけて国境を越える難民の姿が重なって見えたのだろう。
 被災地や紛争地で彼女は、女性や子どもをはじめ、弱い立場にされがちな人たちの姿を、大切に伝えた。
 シリアのアサド政権は、昨年から始まったアラブの春による民主化要求を、受け入れない。自国民が住む地域を戦闘機と戦車で攻撃する政府とは何だろうか。反体制派の自由シリア軍は抵抗を強め、今年6月以降は本格的な内戦状態になった。
 山本さんをはじめ、経験を積んだジャーナリストが何人も命を落とすひどい状況だ。
 なのに国連安保理の足並みはそろっていない。国連特使のアナン前国連事務総長は対話による解決を果たせず、退任する。国連の監視団は撤退した。
 山本さんが死の直前まで撮った映像に、赤ん坊を連れて避難する住民の姿があった。政府側が住居地域に無差別攻撃している事実を裏付けるものだ。
 極限の危機に置かれた人々が生きる場に入り、その現実を世界に伝える。ジャーナリズムの重い責務を改めてかみしめる。


(2012年8月23日01時45分  読売新聞)
シリア混迷 周辺諸国の不安定化も心配だ(8月23日付・読売社説)
 内戦の泥沼化で、停戦への機運は生まれそうにない。シリアの混乱が周辺諸国に拡大する事態すら懸念される。
 北部の主要都市アレッポでは、取材中の日本人ジャーナリスト山本美香さんが、銃撃を受けて死亡した。
 一般市民が暮らす市街地が、政府軍側と反体制派の戦場と化している。山本さんの死は、そうした現実を浮き彫りにした。国連推計で、紛争発生以来の犠牲者数は1万8000人を超えた。
 国連とアラブ連盟の共同特使を務めたアナン前国連事務総長の停戦調停は、失敗に終わった。国連停戦監視団も撤退した。
 アナン氏の後任の調停役にはブラヒミ元アルジェリア外相が就くが、米欧と露中の対立で国連安全保障理事会が機能不全に陥っている以上、役目は果たせまい。
 内戦に歯止めがかからず、流血の拡大は不可避である。
 シリアでは、反体制派が支配地域を広げる一方、政権側は、圧倒的な戦力を総動員して、主要都市の維持を図っている。
 だが、政権中枢からの離反は相次いでいる。今月上旬には、首相が国外に逃亡した。
 それでも軍がアサド大統領を見限らないのは、大統領の権力基盤であるイスラム教アラウィ派の人脈が、軍の要職に配置されていることが大きい。
 シリアのアラウィ派は、人口では少数派ながら、多数派のスンニ派住民を支配してきた。
 内戦は、両派の宗派紛争の様相を強めている。
 懸念されるのは、シリアの混迷が深まることで、中東地域全体の不安定化が現実味を増してきていることだ。
 隣国レバノンで今週、アラウィ派とスンニ派の民兵の間で銃撃戦が発生し、死者が出た。シリア内戦の構図が波及したと言える。
 北隣のトルコは、シリア内でのクルド人の動向に神経をとがらせる。トルコ内のクルド独立運動を刺激しかねないからだ。
 国連統計で17万人を超えた大量の難民流出も、周辺諸国の重荷となっている。
 シリアを取り巻く国がそれぞれに火種を抱える。シリアが、保有しているとされる化学兵器をテロ組織などに拡散させれば、事態はさらに深刻化するだろう。
 これまで、アサド政権を一貫して支えてきたロシアの責任は重大だ。米欧と協力し、停戦の即時実施へ、シリア側に強い圧力をかけるべきである。


毎日新聞 2012年08月23日 02時32分
社説:邦人記者殺害 シリア報道への脅迫か
 内戦状態のシリアで、ジャーナリストの山本美香さん(45)が戦闘に巻き込まれて死亡した。現場取材にこだわった山本さんは、政府軍と反体制派の攻防の最前線、北部アレッポで銃弾に倒れた。厳しく報道が規制されたシリアで、可能な限り戦闘の実態に肉薄しようとした末の、痛ましい死である。
 イラク戦争報道でボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受賞した山本さんは、「米軍の目でもなく、イラク軍の目でもない、私自身の目を通してこのイラク戦争を報道しつづけたい」(03年4月10日毎日新聞)と語っていた。この現場主義はシリア報道でも変わらなかった。
 情報を総合すると、山本さんは今回、トルコ南部から越境してアレッポに入り、反体制派の「自由シリア軍」に同行取材していた。そこへ政府系民兵「シャビーハ」とみられる一団が突然現れて銃撃戦になり山本さんは死亡。一緒に行動していた数人の外国人記者も死亡または行方不明になったという。
 複数の報道関係者が攻撃に巻き込まれた点に注目したい。戦争に関する国際条約は、記者を文民(非戦闘要員)として保護することを定めている。山本さんらが銃撃された経緯についてアサド政権はきちんと説明する義務がある。シャビーハは数々の虐殺事件に関与したとされる悪名高い組織だ。それだけに、日本政府はアサド政権に対し誠実な回答を求めていくのが当然である。
 近年の紛争地では記者と知りながら攻撃する傾向も目立つ。政府軍と反体制派が情報戦を展開するシリアにあって、反体制派と一緒にいた外国人記者たちが問答無用とばかり銃撃された可能性は大いにある。仮に山本さんが意図的に殺されたのなら、ジャーナリズム全体への卑劣な脅迫というべきである。
 イラクでは04年に2人の日本人記者が殺害され、ミャンマー(07年)とタイ(10年)でも、それぞれ1人の日本人記者が戦闘の巻き添えなどで死亡した。国際団体「国境なき記者団」の調査では、95年以降、年平均50人の記者が取材中に殺されたという。01年以降のアフガニスタン攻撃やイラク戦争に加え、「アラブの春」と呼ばれる政変、内戦が続いていることが背景にあるのだろう。
 一瞬にして状況が変わる戦地の恐ろしさは山本さん自身がよく承知していたはずだ。それでも死を避けることができなかったことを、重い教訓として受け止めたい。報道関係者の死を防ぐためにも、経験豊富な敏腕記者がなぜ死に追い込まれたのかを厳密に検証する必要がある。それこそが山本さんの遺志にかなうことだと考えたい。


東京新聞 2012年8月22日
【社説】邦人記者の死 最前線で伝えた勇気
 内戦状態となったシリアで、ジャーナリストの山本美香さん(45)が戦闘に巻き込まれ死亡した。死と隣り合う最前線に立ち、何が起こっているのか伝えようとしてきた勇気に哀悼の意を表したい。
 紛争地で何が起こっているのか。その真実を伝えるために山本さんは、映像にこだわった。
 「現場の生のものを見てほしい」と日ごろから考えていた。
 イラク戦争報道でボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受賞、本紙特報面などでアフガニスタンやイラクの報告を寄せてくれた。
 撮影するには命を危険にさらすことになる。冷静に安全を確保しながら現場に肉薄する。山本さんは政府軍と反体制派の戦闘を取材中だった。激しい戦闘に一歩でも深く迫ろうとしていたのだろう。覚悟の取材だったに違いない。
 シリアは内戦状態に入り、死者は二万人を超えた。十五万人の難民が国外に逃れている。
 だが国連はロシアや中国の足並みがそろわずに、流血を止める有効な手を打てなかった。
 紛争地からは情報がないことが常だ。国際社会が紛争を解決するには世界のニュースになることだ。それなしでは虐殺などの非人道的な行為も抑えられない。
 ベトナム戦争中の一九六八年に、ソンミ村で米兵が民間人を虐殺した事件は、報道されると反戦のシンボルとなり反戦運動が広がるきっかけになった。
 最前線に立つジャーナリストはその重要な役目を担う。新聞やテレビで語る山本さんは、女性や子どもが置かれている状況にも目を向けることで真実が見えてくるという姿勢で一貫していた。
 国際NGO「国境なき記者団」によると今年、死亡したジャーナリストは六十人を超えた。シリアでは山本さん以外に五人が亡くなっている。
 日本人では二〇〇四年にイラクで、橋田信介さんと小川功太郎さんが銃撃され死亡した。〇七年にはミャンマーで長井健司さんが治安部隊に撃たれ亡くなった。痛ましいが使命感が胸を打つ。
 山本さんは日本の子どもたちにも熱心に語りかけていた。「子どもたちは伝えて十年後、二十年後にひっかかるものを感じてくれることがある。だから説明しても分からないと思わないで」と親交のあった本紙記者に話していた。
 現場にしかない真実を求め、命懸けで赴く姿勢にジャーナリズムは支えられている。

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